部活の顧問を拒否する理由

 

神原 楓 @wakateowl

(30代 公立中学校教諭)


 

 

「教師になって,子どもたちに部活の指導をしたい。」

これは,私が大学の教育学部に進学した動機だ。

 

現在,私は部活の顧問を拒否している。

県内のほとんど全ての中学校には,『全員顧問制』という’制度’が存在する。

そのため,部活の顧問を拒否するということは校長からすれば反逆行為である。

顧問の拒否を「中学校の教師に非ず」と見做す同僚も少なくはない。

 

担任業務,教材研究,生徒指導,保護者連絡,校務分掌,会議,諸々の雑務。

部活の指導をしなくても勤務時間内に仕事を終えることは不可能だ。

中学校教諭の6割が,過労死ラインを超えてサービス残業を行っているのが実態である。

 

本務にも部活にも力を入れれば,身体と精神が壊れる。

部活に力を入れれば,授業などの教師としての本務が疎かになる。

本務に力を入れれば,部活が疎かになる。

…1人の教師がこなさねばならない仕事の量が,負わねばならない責任の絶対値が,あまりにも大きすぎるという現状。

 

「何かを変えることのできる人間がいるとすれば,その人はきっと大事なものを捨てることができる人だ。」

これは,『進撃の巨人』という漫画に登場するアルミンという人物のセリフだ。

 

教師は子どもたちを成長させる職業である。

だから,教師は『子どもたちを変えることができる人間』であるべきだと私は思う。

今の教師の多忙すぎる労働環境では,教師自身が『何か大事なもの』を捨てなくては子どもたちを最大限に成長させることはできない。

 

究極の選択を迫られているのだ。

 

ア 身体と精神の健康を捨てる。

イ 授業などの本務を捨てる。

ウ 部活を捨てる。

エ 家族を捨てる。

オ ア~エの選択をせずに,全てを中途半端に行う。

 

私は『ウ』を選んだ。

『ウ』を選んだことで,今も子どもたちを成長させることができる教師であり続けることができている。

 

いつになれば,何年経てば,教師の労働環境は改善されるのだろうか。

教師の労働環境が本来あるべき姿に改善されたとき,私は再び子どもたちに部活の指導をしたい。

子どもたちが自分の好きなことに熱中するあの表情を,再び間近で見守りたい。